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「RADIO EAUTOPIA」のエレファントカシマシの回のディレクター:らくださん
と一緒に大阪城へ。
お城の上からみる大阪の町並みは、いつまでみていても飽きないもので、
そして徳川時代に造られたお堀と石垣は迫力。おおきな石。。
そして
大阪城ホールにて、30周年祈念コンサート「さらにドーンと行くぜ!」へ
デビュー当時、会場の照明を全部点けてむき出しで始まった
あの渋谷公会堂でのステージと同じ演出でスタート。
金原千恵子ストリングスも華やかに、でもロックに色を添え、
桜の花弁も舞い散るステージでした。
さぁ、30周年のツアーが始まります! |
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RADIO EAUTOPIAのスタッフと、「マスター」と一緒に、
東京タワーの下で、お食事会。
とっても楽しく、贅沢な時間をいただきました。
短い時間でしたが、贅沢な番組をありがとうございました。
株のことや世の中の動き、とても勉強になり、楽しかった!!
またご一緒できますように。。
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2017-03-01
「SPACESHOWER TV収録」
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下北沢のライブハウスでインタビュー.
インタビューといっても,
ワタクシの姿は映らずに、声も挟まず。
カメラの横にスタンバイして、質問をするという形なので、
いつもとかなり違うシチュエーションでしたが、
バンドを始めた頃、RCサクセションの「BLUE 」が発売されて、
その曲を全部コピーしたり、公園で石森さんとコーラスの練習をしたとか、
その頃の衣装の話しとか。。面白かったー。
とはいえ、映像と絡めて進行するという趣旨らしく
外れた質問をしてしまったかもしれません。。
改めて、30年という歴史、そしてその関係に
余計な言葉は添えずに、心からの拍手を。
(オンエアを拝見しましたが、「ファイティングマン」の映像に感動いたしました。) |
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2017-02-27
「武部聡志さんHAPPY 60」
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音楽プロデューサー:武部聡志さんの還暦をお祝いするShow!
これまで武部さんと共演していらしたアーティスト(蒼々たるメンバー!!)が勢揃いして、
終止笑顔の武部さんと、その関係を表す素敵なエピソードと、
敬意と愛の溢れた演奏を堪能した夜でした。
東京国際フォーラムは
会場となったステージのすぐ下、客席との間にはは赤い絨毯が敷かれ、
テーブルクロスと花が飾られた丸テーブルがずらり。
そこにその夜の豪華な出演者達と、主役である武部聡志さんが着席し、
Showを観ながら出番を待つという演出。
プレゼンターのChayさんが、楽曲のやりとりのメールには、意外にも絵文字がついてくる!
と披露すれば、ゴスペラーズの村上さんは「僕にも絵文字をつけてください」とおねがい。
一青窈さんは「もらい泣き」と「ハナミズキ」をひろう。
新しい命とともに白いドレスを纏い、ステージを自由に動きながら歌う姿は神々しくも有りました。
もらい泣きの歌いだしで、涙を滲ませたり、
歌詞の「親友」のところで、コーラスのひとり、加藤いずみちゃんのところにかけよって、
泉ちゃんが恥ずかしそうに歌いながら笑うシーンも、胸をつつきました。
*大黒摩季さんと織田哲郎さんが登場すると、ステージがパッと明るく。。
お二人とも衣装があかるかったのも事実ですが、その存在感とお喋りで笑顔にしてくれました。
武部さんは、こんなに皆に気を配る方なのですが、うっかり傷ついたことがあります
一緒にお酒を飲んでいる時に「僕は白身魚系が好き。白ワインとか。大黒は、がっつり赤身系だよね。」
「うっかり傷ついた。。」というエピソードを披露。
「ららら」では
コンサートでお馴染みの年代別で客席に歌わせるのですが、
六十代のとき、
立ち上がり、手を左右にゆらして「ら~ら~ららら~」と大きな声で歌う武部さんの姿も見せてくれました。
*トップバッターで登場し、「卒業」を聴かせてくれた斉藤由貴さん
その後プレゼンターとして再びステージに上がると、最初に緊張して話せなかったというエピソードを披露。
最近ご一緒したライブで、武部さんに言われた言葉が「何でも言って。どんなことでも対応できるから」
それを言える人はいないとおもう。
大きな船です。
「その船に乗って、安心して歌えます。」
などなど、それぞれのアーティストが武部さんのお人柄や、関係を表すお話を聴かせてくれて、
RADIO EUTOPIAの収録前だったら、武部さんにいろいろつっこめたのに~
なんて思うほど、楽しいお話ばかり。
ずっと皆の演奏をステージ下で観ていた武部さんですが、
途中、kokuaのめんばーとしてステージに登場し、演奏。
また、このshowの演出は松任谷正隆さんでしたが、
ご自身がプロデュースしたコーナーもありました。
音楽家武部聡志さんに多大なる影響を与え、音楽家になりたいと思わせたアーテイィスト、
まず一組目はスティービーワンダー。
『音楽は愛である』と教えてくれたそうです。
そしてこの出会いがなければ今、ここにはいない、
というかまやつひろしさん。
二組の名曲メドレーの選曲、アレンジ、ヴォーカリストのキャスティングも武部さんが自ら手掛けたそうです。
かまやつさんの時は、ステージに上がってキーボードを弾いて歌も歌っていました。
そして今回このステージに参加することができなかったかまやつさんからのお手紙を朗読。
「ピアノを弾いて、ぐるぐるぐるぐるやっていってほしいい。それが武部らしい。」
ぐるぐるぐるぐる
を読み上げながら、首を傾げていた武部さん。その表情はとても嬉しそうでした。
このメドレーを歌う時、
Yumingとスガシカオさんが腕を組んで登場したのも貴重なシーンでした。
*Yumingは34年という長い月日を共にしている特別な関係。
Yumingのコンサートにトラ(ピンチヒッター)として武部さんが表れた時、
まだ音大生最後くらいだったそうです(1983年のこと)。
「譜面を楽譜ケースにいれて、銀ぶちメガネをかけてカマキリみたいな顔して。。」
松任谷夫妻は、武部夫妻のお仲人もつとめられたとか。。
この日、「武部さんはせっかち」というメッセージが多かったのですが、
Yumingは「裏」の表情がみえるエピソードを。。
⑦〜8年前、リハーサルのあと、ステージに残ってピアノを弾いている武部さんを客席からみていたYuming,
「ラベルひいて~サティ~ドビッシーひいて
とおねがいしたそうです。
「似合うんですそのすがた。とっても繊細なメランコリックな永遠の青年だとおもっています。
末永く、音楽をやりましょう。」
そういって歌った「ずっとそばに」はとっても温かかった。。
途中、リハーサルの風景も流れた
見学にきた武部さん、みているだけなのに、いつのまにか仕切る、武部さん。
総合監督の松任谷正隆さんのとなりで、演奏をしめる!だめだしする!
そしてとうとう、松任谷さんに追い出される、というシーンには大笑い。
「音楽を続けて来てよかったなーと思える夜です。
さいごは僕のわがままで、ピアノを弾かせて下さい」
大きなアコースティックピアノを弾き出すと、ゆっくりと出演者全員が登場。それぞれ、ピアノを弾く武部さんの背中にふれながら、
ピアノを囲んで、一組ずつ、メドレーで歌う、、最後はYumingの卒業写真。
それはそれは、温かく、贅沢で、楽しい夜となりました。
この関係が音になっている。
それはなんと素敵なことでしょう。
素晴らしき演奏(歌)はもちろんのこと、私達に届く楽曲の、生まれるまでの空気感を
知ることが出来たようで、楽しかった。
「RADIO EUTOPIA」でマンスリーゲストとしてお話を伺うことができたことも、
とっても光栄におもいます。
武部さん おめでとうございます。 |
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ディレクターが資料を入れてくれた袋の持ち手のところに、
こんなシールが。。
受け取って、しばらく気づかず、
帰り道に見つけて、思わずにっこり。
なんでもないことだけど、なんだかとっても素敵。
ありがと |
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2017-02-07
「森亀橋2017presents YourSongsOurSongs」
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森俊之さん
佐橋佳幸さん
亀田誠治さん
日本の音楽シーンを彩り、牽引するプレイヤーであり、プロデューサー、アレンジャー、コンポーザ^である
お三方が10年振りに結集して開催された素晴らしいステージでした。
1日目は
岸谷香とmiwa
片平里菜とトータス松本
MANISH BOYSとGLIMSPANKY
そしてTOSHI-LOWと仲井戸CHABO麗市
2日目は
きのこ帝国の佐藤千亜妃とChara
田島貴男とさかいゆう
吉田美奈子と中納良恵
そして小田和正と岸田繁
世代を超え、音楽で繋がるコラボレーションは、この日限り、大阪限りの貴重な共演ばかりで、
贅沢な二夜となりました。
森亀橋バンドが、お三方と河村カースケ智康さんの4人だけ、というのも
これまたすごいこと。
この4人だけで、これだけカラフルな豪華なアーティストを迎えるわけですから。。
そしてその演奏の豊かさにも心が弾んだ夜でした。
2月19日と26日の二週に渡って、ライブ音源をオンエア! |
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番組「RADIO EUTOPIA」の、マンスリーゲスト、インタビュー収録。
いつものように楽しく進んでいたのですが、
話しの流れから、思いもかけずライブの感想を言う事になり、
どれだけ素晴らしいステージなのか、を伝えている最中に、
全く思いもかけずに、涙が溢れてしまいました。
プロだというのに、情けなく、ほんとに申し訳ない。
お恥ずかしい限りです。
それでも、突然涙を流したのにも関わらず、
なんら驚きをみせず、ニコニコしてそのまま話しをして下さったことに感謝します。
なぜか、「あの日」のライブの感動と、感情がぐわっと蘇ってしまい、
気がついたら涙があふれてしまった。。
言い訳になるし…記すべきではないのかもしれませんが、
それはそれは素晴らしいステージで、
きっと一生忘れないだろうな、、と思うほどに力をもらったライブでした。
母の病状を主治医から告げられ、
これからどうしたら良いのか、どうすることがベストなのか、
何が出来るのか…疲れと戸惑いで自分の中の羅針盤がくるくるくるくる回って、
どこがどこだかわからなくなった時にみた、エレファントカシマシ、ZeppTokyoでのステージ。
ものすごいパワーで心を引っ張って、前を向かせてくれたのです。
「明日はくるぞ」
何を迷っている、できることは、まだあるだろ。
と、言われた気がして。
できることはまだある。
できることはなんでもする。
あの日があったから顔を上げることができました。
音楽の力をもらった瞬間です。
心から感謝しています。
その想いが先にあふれてしまって…つまりは仕事に私情を挟みました。
何年やっているのか。。
と今年一番の反省です。 |
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この日の事が文章に出来なくて、一年間日記をさぼりました。
ならば他の日から記せば良いのに、
もしくは、そのことを記す必要もないのに、他のことを書くこともできなくて。
で、何度も書き直して、年末で~す。
こうなったら正直に思うままに言葉にしてみよう。
と思ったら、ものすごい勢いで主治医への文句になってしまったのでした
deleteして、改めて。。
母が亡くなりました。
三年前に癌が発覚して、
すでにステージ4と言われ、それでもつかの間すっきりした身体で
お洒落を楽しむこともできて、
定期的な通院も一緒に過ごす時間が増えたね
と喜びに変えて、抗がん剤も頑張って飲んでいたけれど、
去年の夏からまた腹痛が激しくなり、
その後は辛い日々だったと思います。
「腸閉塞」の激痛の治療と、
手術をして一週間も経たないうちにもう一度手術。。
82歳なのに。
なんにもしてあげられなかった。
前夜に「買って来て」と言われたものさえ見つけられなくて、
リハビリ用に縫い直していた寝間着も、まだ完成していないのに。
数日前に、病院に美容師さんを呼んで、
髪を切ってもらったときの母は、とっても嬉しそうで、可愛らしかった。
きっとずっと、お洒落したかったのだろうな。。
もっと早く気づけば良かった。
なんでもする。と決めていたのに、
きっと、本当に望んでいることは何にもできなかった。
ごめんね。
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