物見遊山
門上西林 物見遊山 【#78/ 2018.3.31】[3.31 sat]

一冊の古本から始まる話の旅。
話は転がって広がって。
本の内容や著者の思いは勿論、
時代背景なども垣間みることができる『三千円 一〝本〟勝負』。
来月の最終週の土曜日もお楽しみに。
門上さんご出演の
「RADIO SHANGRI-LA」公開収録のご応募がコチラから。
https://cocolo.jp/pages/pickup_detail/1159
●今夜おかけした曲●
M①Bluenote Soul (哀愁のブルーノート)/ 原田芳雄...(西林選曲)
M②星めぐりの歌 / 坂本美雨 with CANTUS…… (門上選曲)
M③安奈 / 甲斐バンド
(エンディング・ソング).…(西林選曲)
※今月のエンディング・ソングの選曲テーマは『旅立ち』
今回の『放送後記』の担当は西林さんです。
本放送に合わせてコチラもお楽しみください。
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いまから37年前に発売された写真集「男の肖像」への想いは、番組でたっぷりお話ししました。久しぶりに手にして、巻末の対談を読んでいると、カメラマンの稲越さんは、男が男を撮ることのむずかしさを語った上であることを禁じたと言っています。それは後ろ姿を撮ること。背中はなによりもその人を雄弁に語ります。だからこそ、あえてそのカットを禁じたのですね。
なになにをしない。なになにを使わない。なんでもあって、なんでもできる世の中で、あえて禁じ手を設けることのは、質を高める上でいい訓練になります。わたしは若い頃、なるべく形容詞を使わないで文章を書くという訓練をしていました。体言止めを使わないことを課したこともあります。たしかに形容詞を使えば文章ははなやかになるし、体言止めを使えばリズミカルになります。しかし安易な手法に走らないで、文章にはなやかさやリズムを与える方法を探るところに、向上の芽やその人らしさが立ち上がると思うのです。稲越さんもきっと同じような理由から背中のカットを禁じたと思います。そしてこの事はカメラや文章に限らず、日々の行いのなかにも取り入れることはできて、あえて「しない」ことを設けることで、その不便が、実は豊かさへの入り口になると気づくかもしれません。
<西林初秋>