THE MUSIC OF NOTE
オトナのためのマンガ塾 Vol.2[10.10 sat]

マンガを読み続けて120年!(アレ?)
タケカワユキヒデが塾長となって、
FM COCOLOリスナーにもきっと楽しんでもらえる
おすすめのマンガを紹介するコーナー
「オトナのためのマンガ塾」
第2回のピックアップ作品は、
藤子不二雄Aさんの「まんが道」
藤子不二雄A&Fさん、日本のレノン・マッカートニーとわたしは呼んでいますが、
本当に2人で書いていて、名義をわけたのは
「藤子まんが」が世に出てから随分後のことで、
今言われると確かに、
「忍者ハットリくん」「プロゴルファー猿」「ドラえもん」「パーマン」は、
タッチが違うな〜と感じます。
特に僕が昔夢中になったのは、「シルバークロス」という漫画で、
小学校低学年時にハマっていた作品。
今思うと、「シルバークロス」は
「プロゴルファー猿」と同じぐらい、劇画チックでした。
劇画なんて、まだない時代に。
先駆けの人達は表現でも色んなトライをする。
特に藤子不二雄Aさんの方に多く見られた劇画タッチなのですが、
なぜ、Aさんが劇画を好んだかというと、
Aさんは高校を卒業後、1年程新聞社につとめていて、
映画を紹介する紙面を担当してた時に、
映画の1シーンを漫画と絵の間みたいな挿絵を入れて、記事を書いていた。
実はその当時に劇画を書いていたんですね。
このようなことが書いてあるのが、藤子不二雄Aさんの「まんが道」。
面白いですよ〜。
Aさんに会って何度かお話する機会があったんだけど、どちらかというと、
F(藤本)さんの方が大人しく、A(安孫子)さんの方が能動的だったみたいです。
2人は何をするにも、圧倒的にAさんがFさんを引っ張って行く、という関係でした。
しかし、それが逆転したタイミングがあって、
漫画を書き始めて、いよいよプロを目指すという時に、
やっぱり上京するべきだと、強く提案したのは、Fさんだったそうなんです。
当時Aさんは新聞社につとめて、十分な収入も得ていたので、
「もうこれでも良いかな〜」なんて思っていたらしいんですね〜。
Fさんは高校を出て、しばらくは働きにでたけど、長くは続かなかったようで…
天才肌ですよね〜、まさしく。
Fさんの強い提案により、Aさんは引き延ばしていた上京を決心しました。
安定した職を捨てて、家族も説得して…
全くどうなるかわからない道に足を踏み入れたわけです。
その後、手塚治虫先生のトキワ荘を訪れて作品を持ち込んで、
その時才能を買われてトキワ荘で生活しなさいと言われ居候し…
漫画の神様の部屋で漫画の神様の机で漫画が書ける、
これってポール・マッカートニーがつかったピアノで
曲作りをさせてもらえるようなもの。
誰がかいたって、「ヘイ・ジュード」が書ける!
僕にとっては、バンド物語のような漫画。
バンドがどんな風に成長して、売れて行くか。
人ごととは思えない感じで読めるんです。」